🪡 誰でもできることに、ちゃんと向き合ってみる
音楽をやっていた頃、心や体の調子を崩して、今は障害者として生活しています。日雇い派遣でいろんな仕事をしていた時期もあって、収入はいつも低め。でも、そのぶん街の空気や人の営みをよく見てきた気がします。
今思うのは、「普通に楽しい」と感じるベースで物事を進めるか、あるいは何か超越したものを持っていても、それが知られていない状態でいること。そのどちらかが、案外いいのかもしれないということ。
企業のプロジェクトって、誰が作ったか分からないまま進んでることが多い。でも、すごいと思えるものって、手芸とか簡単な作業みたいな“できそうなこと”の中にあったりする。そういうのが、今の自分にはしっくりくる。
だから、これからは「誰でもできること」に焦点を当ててみようと思ってます。この投稿や写真も、その一部です。
「一芸は道に通ず」って言葉があるけど、その“一芸”を、特別なものじゃなくて、日々の中にあるものにしてみる。そんなふうに生きてみようと思ってます。
🌿 日常と表現のあいだで、健やかに生きる
音楽やアートのような、特別なことをしている人に対して感じることと、誰でもできるようなことをしている人に対して感じることが、なぜか違ってくる。それがずっと不思議でした。
たとえば、日常の出来事をブログに書いたり、Instagramに投稿したりするだけなら、「それくらいなら自分にもできる」と思えて、特別な感情は湧かない。でも、それが絵や音楽になると、なぜか心がざわついたり、嫉妬のような感情が出てきたりするかもしれない。
そんな反応を見つめながら、最近は「それが健やかに過ごせるレベルであるかどうか」が大事なんじゃないかと思うようになりました。
誰かの表現が、見る人にとって心地よく響くものであれば、それはきっといい影響を与えている。そして、自分自身も、無理なく続けられる形で、日々の中にあるものを表現していけたら、それだけで十分に価値がある。
そんなふうに思えるようになった今、日常の中にある“できそうなこと”に目を向けて、そこに小さな光を当てながら生きていこうと思っています。
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